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大阪高等裁判所 昭和61年(く)32号 決定

主文

原決定を取り消す。

函館地方裁判所が昭和五七年三月一五日被請求人に対する恐喝被告事件についてした刑の執行猶予の言渡しを取り消す。

理由

本件即時抗告申立の趣意は、大阪地方検察庁検事見越正秋作成の即時抗告申立書記載のとおりであつて、その論旨は、要するに、原決定は、被請求人の保護観察中の善行保持義務及び住居移転届出義務に関する検察官主張にかかる遵守事項違反について、被請求人には転居の事前届出及び保護司宅訪問を怠つていたことを認めながら、保護観察から離脱しようとしていたものとは認められず、その終り近くに覚せい剤取締法違反事件を起こしたものの、一時的な使用で終らせており、その遵守事項違反は情状が重いとは認め難く、したがつて裁量的に執行猶予の言渡しを取り消すことは相当ではないとして、検察官の請求を棄却したのは失当であるから、原決定を取り消し、被請求人に対する主文掲記の刑の執行猶予の言渡しの取り消しを求める、というのである。

そこで検討するのに、一件記録によれば、被請求人は、昭和五七年三月一五日函館地方裁判所で恐喝罪により懲役二年、四年間保護観察付執行猶予の判決言渡しを受け(同月三〇日確定)、同日函館保護観察所に出頭し、函館市内の住居を届け出るとともに、「1善行を保持すること、2住居を移転し、又は一か月以上の旅行をするときは、あらかじめ、保護観察所の長に届け出ること」の遵守事項を守る旨誓約し、その際右遵守事項を守るための指示事項として「1仕事に就いてまじめに働くこと、2暴力組織関係者など悪い仲間と交際しないこと、3父母とよく相談し、軽率な行動をしないこと、4毎月担当保護司を訪ねて指導を受けること」との指示を受け、右判決の確定した同月三〇日から同保護観察所の保護観察下にはいつたこと、その約一か月後の同年四月二七日右保護観察所長に対し、暴力団から離脱するため名古屋市中村区内の肉店に転居する旨の届出をし、同店に居住していたころ、右保護観察所長からの居住照会により名古屋保護観察所の居住調査担当保護司が同年五月二〇日ころ同店を訪ねたことから被請求人の前歴が店主に知れたため、そのころ同店をやめて京都市に赴き、前に離婚した妻と復縁して同市下京区内に妻子と居住して近くの肉店で働いていたが、同店が倒産したため、前に働いたことのある大阪市平野区内の新歩組に道路舗装工として就労することとし、同年八月一七日ころ右新歩組寮に妻子とともに転居し、同年九月一三日に至つて初めて京都保護観察所の居住調査担当保護司に右転居の届出をし、同年一〇月二三日ころ函館保護観察所から大阪保護観察所の保護観察下にはいり、杉本春江保護司が担当保護司としてこれに当たることとなつたこと、その後翌五八年六月五日ころ、被請求人は同区内の水井文化に転居し、同月二一日にその転居の届出をしたが、その二年余後の昭和六〇年九月初旬ころ、無断で同区内の久保文化に転居し、その約二か月後の同年一一月二日に被請求人の妻から担当保護司の服部嘉弘保護司にその転居届がなされたこと、大阪保護観察所では、被請求人の保護司宅訪問がなされないため、これをうながすために昭和五八年九月一二日から同六〇年九月三日までの間六回にわたり、被請求人に対し、書面により毎月一、二回、保護司宅を訪問するよう注意したにもかかわらず、被請求人は昭和五八年九月二八日に担当保護司宅を訪問したのみで、それ以降は全く訪問しなくなり、保護観察から事実上離脱するに至つたこと、その上、被請求人は、「法定の除外事由がないのに、昭和六〇年八月一四日午後三時ころ、大阪市平野区喜連三丁目二番二〇号水井文化二階の当時の自宅において、フェニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤結晶約〇・一二グラムを水に溶かし、自己の身体に注射して使用したものである。」との覚せい剤取締法違反の犯行を行い、右犯行により同年一一月一二日逮捕されて同月二二日大阪地方裁判所に起訴され、第一回公判期日において起訴事実を認めたので、簡易公判手続により審理され、昭和六一年一月一七日に同裁判所で懲役八月の判決を受け、被請求人が控訴を申し立てたため現在大阪高等裁判所に係属中であるが、右犯行は、昭和五六年三月初めころから同年一二月ころまで覚せい剤を使用したことのあるという被告人が、たまたま妻子が北海道に帰つて不在の寂しさをまぎらわす等のために、再びその使用を考え、パチンコ店内で知り合つた密売人に頼んで覚せい剤を入手し注射使用したというものであつて、被請求人の自認するところによれば、昭和六〇年八月一六日に警察官に自己の尿を任意提出後も、約二か月間にわたつて同様に使用を継続し、その回数は約三〇回にも及んでいること、以上の事実が認められ、これらの事実に徴すると、被請求人が刑執行猶予中、保護観察に付せられながら、昭和五七年五月二〇日ごろ京都市内に転居し、その後大阪市内に転居して同年九月一三日に転居届を出すまでの間と、昭和六〇年九月初旬ころ大阪市内の他所に転居して同年一一月二日その転居届を出すまでの間の二度にわたり、転居の際に届出をしないて住居移転届出義務に違反するとともに、担当保護司を訪問して指導を受けることなく事実上保護観察から離脱していて犯罪行為にまで及び、覚せい剤に対する親和性がうかがわれ、善行保持義務にも違反したことが明らかである。そして、右遵守事項不遵守の態様を総合的に勘案すると、被請求人が昭和五七年八月ころから前記のとおり右犯行で逮捕されるまでの間道路舗装工としてまじめに稼働していたこと、被請求人には妻子があり、現在は生活保護を受けながら被請求人の帰りを待ち望んでいること、被請求人は、右のとおり約二か月間覚せい剤の使用を継続していたものの、その後は妻の忠告もあつて右使用をやめるに至つており、現在は前記犯行を深く反省していることなどの被請求人のために酌むべき諸点を十分考慮しても、その情状は重いものがあるといわざるを得ず、被請求人に対する前記刑の執行猶予の言渡しはこれを取り消すのが相当と考えられる。

してみると、右情状が重いとは認められないとして本件請求を棄却した原決定は、その裁量において相当ではないから、取り消しを免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法四二六条二項により原決定を取り消して更に裁判することとし、刑法二六条の二第二号により前記刑の執行猶予(保護観察付)の言渡しを取り消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官尾鼻輝次 裁判官近藤道夫 裁判官森下康弘)

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